-roop-

「千夏ー!座ってテレビでも見てろよー」


立ったまま部屋をうろつく私に、苦笑いしながら誠さんが言う。


「う、うんっ」


私が笑顔で答えると、誠さんはもっと笑顔になった。




ズキン…


たとえ想い出の物をなくしたとしても、誠さんの中に残る千夏さんとの想い出は、決して消えることはない…。


名前の呼び方…煙草…好きな食べ物…


他にも…もっともっとこれから私と千夏さんの違う部分が出て来る…。

その度にこの人を傷つけてしまうのかと思うと、やり切れない気持ちになった。



どんなに誠さんが笑顔を見せてくれても、それは喜びでもなく嬉しさでもなく…記憶を失った愛しい人が笑っているという、安堵感が生み出しているもの。

このまま…彼の本当の笑顔を見ることが出来ないまま、私はまた霧の世界へ帰るのだろうか。


いや、もしかしたら式を挙げることすら出来ないかもしれない。

彼の想い出の中で、千夏さんと結婚を約束したことは一番強いものだろう。

もしかしたら私に気を遣って、結婚式のことなんて当分言い出さないかもしれない…。


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