お兄ちゃんといっしょ。
帰り道、重い足を引きずるようにして、私は歩いた。
私の片想いは、今日、あっけなく終りを告げてしまった。
一目惚れだった。初めて見たあの笑顔が、誰かに似ていて、何だかとても懐かしかった。
ずっと好きだったのに。私の想いは無駄になってしまった。
泣くな、泣くな。
寒空の下で目をギュッと閉じて、鼻をすする。
堪えるように深く呼吸して、私はゆっくりと歩を進めた。その時だった。
「チカちゃん!待っ……うぎゃあっ!!」
間抜けな声と、ドサッという音が背後から聞こえた。
「うー……いたたた……」
「……何してんの」
振り向き、地面に這いつくばる兄に手をかし、起き上がらせる。
埃まみれのコートをはたいてやると、「ありがとう」とふにゃりと笑った。
「足元には気を付けろって言ったじゃん」
「でも何もないところだったよ?」
「……ああ、そう」
何もないところでこけるなよ。
肩を並べて歩く兄に、心中でため息をついた。
柔らかい笑い声で応える兄。その笑い声を最後に、少しだけ沈黙が訪れる。
「……チカちゃん、あのね」
先に沈黙を破ったのは兄だった。
その声は妙に真剣で、私は思わず足を止めた。
「俺はさ、鈍感鈍感って言われるけど」
兄が足を止め、私に向き直る。
その目は真剣で、何処か優しかった。
「自分の妹に何が起きたのかわからないほど、鈍感じゃない」
えっ、と声が漏れる。
兄は、周りが呆れるぐらい鈍感だ。私の異変になんか気付くはずがない、そう、気付くはずがないのだ。
なのに、
「チカ、我慢しなくていいんだよ。強い子でいなくていい」
兄が、穏やかに笑う。
ああ、そうだ。この笑顔は。
「悲しい時は泣いていいんだよ」
兄は私の頭を撫でると、そのまま私を抱き締めた。
目頭が熱くなっているのが、自分でもわかる。
うっ、と引きつった声が漏れて、涙がボロボロと溢れた。
私は、声を上げて泣いた。兄にしがみつき、そこが外であることも忘れて。
同時に、私は理解する。
誰かに似ていると思った先輩のあの笑顔は、兄と同じ優しい笑顔だった、と。