空色幻想曲
「あなたがどこのだれでも、どんなに遠く離れても、私の弟に変わりはないんだからね?」

「……」

「ここは、あなたの『帰る場所』なんだから」

「ああ、姉さん……」

 彼女の不安を(しず)めようと、受け止めていた拳をてのひらで優しく包み込む。制服の手袋越しから伝わるやわらかな温もりが、ほんの少しだけ胸をせつなくさせた。

 俺とユリア姉さんに血の繋がりはない。

 6歳のときに孤児院で出逢い、同じ養父(ちち)に引き取られた。以来、姉として母として愛情を注いでくれた。

 五年前に養父を亡くし姉弟(してい)二人きりになってからも、ずっと面倒を見てくれた。そのせいで、いい縁談もいくつかあったのに婚期を逃してしまっていた。

 俺は騎士就任が決まったとき、ただ一つ、この優しい姉を独り残していくことだけが気がかりだった。

 だが、ほどなくしてユリア姉さんは同じ村の青年と結婚した。それまでずっと姉のことを熱心に想っていた真面目で誠実な青年だった。

 俺のせいで逃していた、やっと掴んだ人並みの幸せを、邪魔したくはない。養父も亡き今、もう血の繋がらない弟の出る幕はないだろう。

 そのほうが安心して故郷(こきょう)を去ることができる。
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