空色幻想曲
     ◇ ◇ ◇

 地図に書かれた赤丸の一つ、大聖堂を訪れた。

 慎重に扉を開けて中に入ると、静謐(せいひつ)な空間が広がる。

 ついこの前、ここで騎士の叙任を受けた。式ではたくさんの見物客がいたが、今は人どころか(ねずみ)一匹いないように思われた。

 広間をぐるりと見渡して左奥の扉へ進み、内部へ入っていく。
 回廊に並ぶ部屋の扉を一つ一つ開けて見ていった。どの部屋も人が隠れ潜んでいるような気配はなかった。

 やがて下へ続く階段が目に留まる。

(地下か……)

 瞬間──

 胸を鈍器で叩かれたような強い音を立てて乱れる鼓動。
 胃液が逆流する不快感に襲われ、どんどん血の気が失せていくのが自分でわかった。

 あまりの気分の悪さに引き返したくなったが、王女がいる可能性があるなら避けて通るわけにもいかない。
 汗ばむ手を握りしめ、階段を降りた。

「なんだ……ここは?」

 辿(たど)り着いた光景を目にして自然とそんな言葉が漏れた。
 地下だから暗く狭苦しい場所だと思っていたのだが、そこは想像とほぼ真逆の空間だった。

 上の広間と同じくらいだろうか。
 いや、パイプオルガンや長椅子が並べられた上と違って、ここには中央に祭壇らしきものがあるだけで他に物がない。だからか余計に広く感じた。

 薄暗くはあるが、遥か頭上に天窓がついていて地上の光が射し込んでくる。それはあたかも暗雲の隙間から降りる天国の階段のようだ。

 最悪だった気分はいくらかマシになっていた。
 広大なのに閉鎖的でもあるこの奇妙な空間は、地下特有の薄気味悪さより、どこか厳かで神秘的な気配がある。

「これは随分と珍しいお客様ですね」

 背後から低くゆったりした声がして反射的に振り返る。
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