空色幻想曲
 右手に儀礼用の職杖を持ち、上品な紫のローブに身を包んだ中年男性が悠然と立っていた。胸に描かれた大きな光の模様には見覚えがある。

 男性は、眼鏡の奥の瞳を糸のように細くして物腰やわらかに語りかけてきた。

「いらっしゃい。迷える子羊殿」

「こ、子羊……?」

「空姫親衛隊長リュート=グレイ殿ですね」

「あんたは……」

「デューイ=ラーファルト。大聖堂の神官長を務めています。叙任式で一度会ったはずですが、覚えていませんか」

 おぼろげに記憶の隅には残っているが、顔や名前などいちいち覚えていない。

「すまない。人を覚えるのは苦手だ」

 正直すぎる答えにも気を悪くした様子はなく、上品な笑みを返す。

「気持ちはわかりますよ。私も美しい女性ならばすぐ覚えられるけれど、男性はなかなか覚えられなくて」

「俺は男だが」

「あなたは美しいですからね」

「…………」

『美しい』なんて形容されても少しも嬉しくない。しかも男に。

「ティアニス王女様なら、こちらにはいらっしゃいませんよ」

 尋ねたいと思っていたことを神官長が先回りした。

「失礼ですが、あなたは懺悔(ざんげ)や祈りに訪れるほど信心深いようには見受けられないので」

「確かにそうだ」

「ならば空姫親衛隊長のあなたがここを訪れる理由は、一つしかない。王女様が行方不明なのでしょう」

「ああ。じゃあ、用はないな」

「ほう。“水鏡(みかがみ)()”で行方を捜してほしいのかと思いましたが」

「水鏡の間?」

「どういうところかも知らずに来たのですか……」

 どうやら今いるこの場所が“水鏡の間”と呼ばれるところらしい。
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