空色幻想曲
     ◇ ◇ ◇

 エリーゼから思わぬ収穫を得て、足どりも軽やかに自室へもどる途中のことだった。

 回廊の柱の陰で数人の女官がなにやらヒソヒソ話をしている。職務の合間のたわいない雑談だろうと、なにげなく横をとおりすぎた。

「先ほど……」
「まあ、“闇色のお姫様”が……?」

 偶然耳に入った単語に、はたと立ち止まる。
 まもなく女官たちは私の存在に気づき、一礼して駆けていった。

 だれもいなくなった静けさが、心に(かげ)を落とす。

闇色(やみいろ)(ひめ)”。

──空色の姫と対になるようにつけられた、エリーゼの呼び名。

 しかし、慈愛の女神という意味を持つ私のものとはちがう。

 さっきのヒソヒソ話は聞きとれなかったけれど、わずかに耳に入った言葉はもやもやとした陰鬱(いんうつ)な気配がただよっていた。

 どうして同じ『青』の髪に生まれながら、こうもあつかいがちがうのだろう。

『ある事情』のせいであることは明白だけれど、エリーゼ自身になにも落ち度はない。

 頭が良くて、
 大人びていて、
 超がつくほどの美人で。

 でも人とちょっとずれてて、
 恋の話が好きで、
 かわいい生き物が好きで。

 そんなふつうの12歳の女の子なのに……。

 エリーゼのことをよく知っている者からすれば“闇色の姫”なんてバカバカしいことこのうえなかった。

 回廊の窓から藍色の空を見あげた。

 なぜだか……哀しい色だった。
< 152 / 347 >

この作品をシェア

pagetop