空色幻想曲
 彼は苦~い紅茶を飲んだときのような顔で一言。

「…………わかった」

「やったぁ!」

 賭けに勝った! 彼に勝った!

 ちょっとこじつけた感は否めないけれど、乙女の胸を堂々と触ったんだから、これくらいバチはあたらないわよね。

「はあ……」

 さめざめとため息をつく彼にはおかまいなしで、落ちていた愛用の剣を拾いあげた。

「じゃあ早速──」
「また今度、暇なときにな」

「ナニソレ!? 今、思いっきりヒマだったじゃない!」

「休養と暇は違う。もう職務に戻る」

 颯爽とマントをひるがえし、スタスタと森の出口に向かって歩きだした。
 引きとめようにも職務にもどるのならムリは言えない。

 だけどどうにも気が収まらなくて、小さくなっていく背に向かって悔しまぎれに叫ぶ。

「怠慢してたくせになにが職務よ! この不良騎士──っ!!」

 ふりむきもせず、やがてその姿は木々の合間にかくれて見えなくなった。

 ………………

 空しい風が吹きすぎる。
 今までの喧騒がウソのように、清らかな森に静寂がもどってきた。

 頬にぶりかえす熱。さっきのように急激ではなく、じわじわとあぶり出されるようにゆっくりと。
 胸もとに手を置くと、伝わる鼓動が全力疾走した後みたいだ。

(お、男の人に……む、胸を、触られてしまった……)
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