空色幻想曲
 俺の稽古は女にはかなりキツイはずだ。わざと厳しくして、やる気を削ぐつもりでいたから。
 だが、削ぐどころか水を得た魚……なんて(たと)えはまだかわいい。

 (えさ)を目掛けて泳ぐ人食いザメだ。

 実は王女ではなくて王子なのではないかと、あの豊満な胸がなければ本気で疑うところだ。

(胸は大きいのになぁ、もったいない……)

 ……と、ぼんやり右手を見つめる。

 ハッとして首を振った。何度目だ、これ。
 また、ふぅっと深い息を吐く。これも何度目だろう。

 彼女の剣を見ると、女にしておくのももったいないと思うときがあるから複雑なんだ。

 フェンネルの言った通り、並みの兵士より筋が良い。聞けば、剣を習い始めてまだ二年。士官学校に三年通っても、彼女より剣を振り慣れない者はたくさんいた。同級生たちが知ったら自信喪失するだろう。

 よもや自分が抜かされる心配はしていない。まだまだ技量は遠く及ばず、女と男の体躯(たいく)の差は埋めようがないほど大きい。

 だから溜息の理由は、別にある。

 ……ざわり。

 周囲の気がかすかに乱れた──
──や否や一閃を走らせる!

 深淵の闇に熱い火花が咲いて散った。

 葉陰がわずかな星明かりも遮ってしまう漆黒の中、気配のある場所を凝視(ぎょうし)する。

 白刃の向こうに浮かび上がる、人影。その輪郭を捉えたとき、影の正体が口を開いた。
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