空色幻想曲
 談話室に案内される途中の廊下で、優しくおだやかな声に呼び止められた。

「おや、ティアニス王女殿下。いらっしゃったのですか」

 通りすぎた部屋の扉からちょうど出てきたところだったのだろう。ふりかえると、銀の前髪を顔半分にさらっと下ろした初老の紳士が立っている。

 その姿を認めて執事が頭を下げた。
 この(やしき)の主人、シュヴァルツ大公だ。

 私は顔をほころばせ、あいさつする。

「大叔父様、ごきげん……」

 それは途中で止まってしまった。

「どうなさいました?」

 紫の眼で優しくうかがう紳士に、止まった理由を正直に話す。

「あ、いえ、大叔父様。少しおやせになった……? お祖父様のつきそいでお疲れなのでは?」

 しわを重ねていても過不足なく整った理知的な顔立ち。きっと昔はたくさんの貴婦人をときめかせたのだろうな、と思わせる。

 その容貌が、以前よりやつれて見えた。もともと細身の人ではあるけれど。

 お祖父様の弟として、国王補佐として、長年、公務は常につきそっていた。やはりそろそろ年齢的に厳しいものがあるのかもしれない。

 だけどそんな物思いを、心配しすぎだ、と軽やかに笑った。

「いや、大したことはありません。若者より少々疲れが取れにくいだけのこと」

「くれぐれもご無理はなさらないでね。エリーゼが心配するわ」

「わかっております。孫を一人にさせたくはありませんから。せめて、嫁の貰い手が見つかるまでは……」

「まあ、気が早いのね。エリーゼは美人だから、もらい手なんてあっという間に見つかるわ。そうなったら大叔父様のほうがお寂しいのではなくて?」

「ティアニス殿下もご存じでしょう。王族・貴族の婚姻(こんいん)は“契約”です。当人の心よりも、家の利益が優先される」

「!」

「あの子の事情を真心をもって受け入れてくれる貴族などおりましょうか」

「大叔父様……」

 悲哀の色をにじませた言葉に、昔の記憶がよみがえった。
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