空色幻想曲
「え? ……いや、何も聞こえないけど」

 しばし氷青色の瞳を伏せてから答える。

 それはあまりにも小さく、馬の(ひづめ)と車輪の音に掻き消されてしまいそうな低い振動。
 だが、俺以外の者が気づいた様子はない。空耳か……と自分を納得させた。

 わずかな不気味さをほのめかせながら。



──約一時間後。空耳の正体を知る。

「報告します!」

 またも先頭の馬から伝聞。先ほどより幾分か焦っている様子が見て取れた。

「道が土砂でふさがって戻れません!」

 つい数時間前に一度通った道である。この短い間に再び崖崩れがあったのか。土砂と土砂に挟まれ、前進も後退もできなくなった。

(先程の低い振動音はこれだったか……)

 残された道は、迂回ルートのみ。
 崖崩れに巻き込まれなかっただけ幸い、と前向きに捉えた隊員もいたが

「妙だな」

「君もそう思う?」

 俺の独り言をレガートが拾った。互いに視線を合わせただけで、それ以上は口にしないまま。

 やがて、茜色の大気が濃藍の闇に喰いつくされていく──……

 これからが、最も危険な時間だ。

 本来ならばとっくにレグロアの街に到着していただろうに。隊員たちに注意を呼び掛けながら、険しい山道(さんどう)を行くしかなかった。
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