空色幻想曲
 山道の入口は暗く深く、山の巨人(タイタン)がぱっくりと開けた口の如く。呑み込まれたら二度と出られないのではないか、という錯覚を(あお)られる。

 しかも間が悪いことに、今宵は新月。

 鬱蒼(うっそう)と生い茂る木々が頭上に覆いかぶさり星明かりさえ届かない。頼りは松明(たいまつ)に灯した炎だけ。それもせいぜい自分が(またが)っている馬の足元がぼんやり浮かぶ程度だ。

 一寸先は闇。

 馬で駆けることは不可能。人がゆっくり歩くくらいの速度まで落として慎重に進んでいかなければならない。

 方位磁石がなければ正しい道を進んでいるかどうかも疑わしい。
 加えて、いつ何時(なんどき)この黒い視界から魔物が襲いかかってくるか。夜行性は凶暴なものが多く、夜が更けるほど活発に動き出して危険度が増す。

 魔族が潜んでいる可能性もある。

 耳に届くのは、馬車の車輪、馬の蹄、虫の声、かすかな葉擦れと松明が()ぜる音。
 視覚が頼れない以上、聴覚を研ぎ澄ます。

 ──前か、後ろか。右か、左か。もしくは頭上……いや、地中からか?

 気が狂いそうなほど長い緊張した時間が続いた。
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