空色幻想曲


「決して魔族を憎んではいけません」


 放たれた“(こと)()”は一瞬で心臓を(つらぬ)いた。
 衝撃にうめき声すら出せない。

 今、お母様は……なんて言ったの?

 ──魔族を憎んではいけない(・・・・・・・・)!?

 そう、確かに言った。
 確かに聞こえた。
 私の聞きちがいだろうか? いや、聞きちがいであってほしい。

「……どうして!? 魔族はお父様を……っ!」

 血を吐く想いで口にした。
 それだけでのどが焼けつくようだ。
 息をすることさえ難しかった。

 どうか、どうか……聞きちがいでありますように。

 祈るように次の言葉を待った。

「ええ、それでも。憎しみからはなにも生まれないわ」

 祈りはあっさりとついえた。
 干からびた土が泥水を吸いあげるように、心に、絶望にも似た暗い感情が()みこんでいく。

「お父様が亡くなられた直後は、私もこんなことはとても言えなかったけれど。
 (ゆる)せとも、忘れろとも言いません。ただ、憎むことだけはおやめなさい。あなた自身のためにも」

 お説教じみた怒りや厳しさなどはチリほども感じられず、波紋一つ立たない湖の水面のように静かでよどみない声。

 それなのにダリウスの怒鳴り声よりもずっと……怖かった。

 いつの間にかひざの上でにぎりしめていた拳に、じんわりと汗がにじむ。

「今のあなたなら……わかっても、いいころよ」

 締めくくられた言葉がやけに遠かった。目の前にぶ厚い壁をへだててその向こうから発せられたのではないか、と錯覚するほどに。

 …………空白の時間(とき)が流れる。

 息も止まるような、静寂(せいじゃく)、の後で。
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