空色幻想曲
 うたうことの楽しさを最初に教えてくれたのはお母様だ。

 お父様の祖国カトレアが花の国ならば、クレツェントは音楽の国。音にはなじみ深く、美しい旋律を聴くのも奏でるのもあたりまえに好きになった。

 小さなころから、うれしいときも、悲しいときも、よく歌を口ずさんでいた。そうしているときが、いちばん、王女でもなんでもないありのままの自分でいられたから。

 旋律をつむぎながら頭にはさまざまな人の言葉がめぐる。

『慈愛の女神と謳われる王女様になんの不満がありましょう』
『空色の姫に相応しい相手はこのじじが決める』

 女王になることに迷いはない。
 いずれは結婚もする。

 覚悟はしている……はずだけど。

 “空色の姫” とか “慈愛の女神” とか、そんな呼び名ばかりが先走って私のきもちはいつも、おきざりだ。

 みんな、いったい私になにを求めているのだろう。

 神話に伝わる【慈愛の女神】と同じ“空色”の髪に生まれた。

 けれど、何か不思議な力を持っているわけじゃない。
 女神のように慈愛の心に満ちているわけでもない。
 たおやかな絶世の美姫というわけでもない。

 ふつうの15歳の女の子。

 魔族に呪われし王国の希望なんて、ただそれだけの幻想に過ぎないのに。

 そんな幻想的なものよりももっと確かな、力が欲しい。

 たいせつなものを護れる力。
 悪しきものに負けない力。

 そして、人を愛し愛される力……
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