空色幻想曲
「覚悟!!」

 狙い定めたはずの青いマントはひるがえり虚空を斬る。
 勢いあまって前につんのめったところをすかさず抱きとめられた。

 その腕は、探していた『彼』のものとはちがっていた。視界に映るスラリと伸びた手足は『彼』より細く、ほほにあたる胸の感触は少し華奢(きゃしゃ)に感じた。

 顔を確かめるためゆっくり上を向くと、目があうなり青年はにっこりほほ笑んだ。

 優しい瞳は、氷のように透きとおった薄い青。
 陽の光を反射してきらめく髪は、一面の銀世界を思わせる。左耳の下で結わえて肩から胸のあたりに流れているさまは、さらさらと雪解けのせせらぎが聞こえてきそうだ。

 まっ白な肌は世の女性がうらやましがるくらいきめ細やかで。薄唇が描く涼やかな笑みはそんな女の嫉妬をこなごなに砕いてとりこにしてしまうほど、魅惑的。

『彼』と種類はちがうが負けず劣らずの見目麗しい青年だった。

「お怪我(けが)はありませんか? ティアニス姫」

 そっと語りかけられた声音は麗しい見目にふさわしく、甘い響き。

「だ、大丈夫……」

「よかった。姫を護る立場の僕が、危うく姫を傷つけてしまうところでした」

「ごめんね、レガート!」

 謝罪しながら親しげに彼の名を口にした。

 白銀の美青年──レガートは、私の幼なじみ。

 グランヴィオール伯が私の結婚相手に、と、しきりに薦めていたのは彼のことだ。
 伯爵にはやんわりと断ったけれど、レガートは薦められて決して悪い気のする人物ではない。

 性格も見た目どおり涼風のようにさわやか。目上に礼儀正しく目下におごらず真摯でたおやかなふるまいは、貴族の(かがみ)

 加えて、騎士としては指折りの実力者。先輩騎士には一目置かれ、後輩騎士には憧れのまなざしを受け。
 そんな彼を “銀色(ぎんいろ)騎士(きし)” と、たくさんの貴婦人や女官たちが誉めそやしている。

 容姿、性格、能力、人望。まさに何拍子もそろった好青年なのだ。

 ゆいいつ、伯爵という家柄だけが爵位としては真ん中の地位なので、「残念だ」とお祖父様が(なげ)いていた。一番目の公爵(こうしゃく)か、二番目の侯爵(こうしゃく)子息だったなら、本当に私の結婚相手になっていたかもしれない。
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