空色幻想曲
     ◇ ◇ ◇

──というわけで、ジャジャ馬姫とくだらない賭けをすることになってしまった。
 自分の蒔いた種である。それはわかっている。

 だが、賭けが始まって最初の二日。職務の休憩があるたびに目を血走らせながらさんざん追いかけ回され。今日は騎士になって初めての休日だというのに、朝っぱらから部屋の扉ぶち破るほどの勢いで訪ねてこられたら……

 ……逃げ隠れたくもなる。

 私服を選ぶ暇も与えられなかったので、いつもの制服姿でこの森に逃げ込んできたというわけだ。

 つくづく彼女のジャジャ馬っぷりを甘く見ていた。あれなら暴れ馬や闘牛を相手にしたほうがまだマシだ。

 森の梢で、生気を吸い取られたかのようにうんざりしていた。

(ま、逃げるが勝ちってな……)

 賭けを持ちかけておいて逃げ隠れるのは卑怯(ひきょう)──と、彼女が脳内で訴えてくるが構うものか。

 俺だって休息くらい欲しい。

 荒んだ心を(なぐさ)めるかのように、そよ風が通り過ぎていく。揺れる葉が頬に触れて少しこそばゆかった。

 耳を澄ませば清流の音。
 そっと目を閉じると、森ではなく故郷の村にいるような優しい空気に包まれた。

 その懐かしい感覚にしばらく身をゆだねることにした。

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