空色幻想曲
「ええ、わかっているわ」

 思わず視線を上げた。
 深いサファイアの瞳が、ゆれ動くことなくおだやかに見つめていた。

「私のほうこそ頭ごなしに押しつけるような言い方をして……ごめんなさいね」

「そんなっ、そんなことありません! お母様のおっしゃることは正しいです、いつも。私が……私が、未熟なだけで……っ!」

「自分の未熟な部分に目をそらさずにいられるのは、とても立派なことよ。魔族を憎いと思う気持ちも……お父様を愛すればこそ。
 あなたのその気持ちに、悪いことはひとつもないわ」

「お母様……」

「魔族のために『憎むな』と言ったわけではないわ。ただ、お父様のことを思い出すたびに憎しみに囚われていたら、だれより一番お父様がお喜びにならないと思うの」

 チクリと胸に小さなトゲが刺さる。

「ゆっくりでいいのよ。せめてお父様を想うときは心やすらかでいられるように……」

──あなたが幸せになれる道を探しなさい。

「はい……お母様」

 最後の言葉は天から降りる光のように……心の奥深くに沁みとおった。

 その光は闇夜を照らす、月。
 太陽ほどの強いまぶしさはないけれど、暗い夜道に彷徨(さまよ)う迷子をそっと導くような。

 どうして……こんなふうに人を導き照らすことができるのだろう。お母様だって今までたくさん辛い想いをしたはずなのに。

 降りそそぐ優しい光に、自分の影がよりいっそう濃く浮き彫りになった気がした。

 お母様には敵わない。
 敵うはずもない。

 本物の慈愛の女神とは、
 きっとお母様にちがいないのだから──……
< 97 / 347 >

この作品をシェア

pagetop