君の声が聞こえる
雅巳は最近、調子のいい時は麦藁帽子をかぶって、近くにある大きな公園や、市立図書館まで足を伸ばす。

 僕は、雅巳のその散歩に付き合う事が多くなった。

 散歩とは言っても、雅巳は決して無理をしたりはしない。

 疲れたと思えば、それがどこであっても手短にある木陰や店に入って涼んで、体を休ませるし、距離もそんなに遠くに出かける事はなかった。

 僕はただそんな雅巳の隣にいて静かに時間を過ごす。

 周囲から見たら他愛のない話をして、二人で笑い合って、時にはキスを交わした。

 本当に幸せな時間だった。

 雅巳は何よりも僕と一緒にいることを欲してくれている。それは雅巳の僕への思いの深さを示していたし、僕の心を満たす事だった。

 散歩にきた公園の木陰の下で僕と雅巳は腰を下ろして遠くを見たり、公園で遊ぶ子供達や池で泳ぐカルガモを目で追っていた。

 会話がなくても僕たちは二人でいるだけで幸せだった。

 せわしなく動き回る子供たちに目をやりながら、雅巳が唐突に口を開いた。

「九月のゼミ合宿、楽しみだね」

 雅巳の言葉に僕は少し驚き禁じえなかった。

雅巳は遠出をする事を恐れている節があった。
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