君の声が聞こえる
 それなのに前方の国道沿いに古びたラブホテルが見えた時、僕の心臓が大きく跳ねた。

 別に合宿の間、ずっとそんな事を考えていたわけではないし、そんな期待を抱いていたわけでもない。

ただ、見知らぬ土地に来ているという開放感からか、知っている人がいないという安堵感からか、僕の中にその欲求が生まれてきた。

 もちろん、雅巳がそれに答えてくれる確立は低いと思う。それでも、万が一、僕の気持ちに応えてくれたら……?

 そんな想いが僕の口を開かせた。極力、冗談に聞こえるような軽い口調で言葉を紡ぐ。

「行く?」

 僕が唐突に口を開いたので、雅巳は驚いたように僕の視線の先をたどった。

そして、僕の見ているのが古びたホテルに視線を止めると、動きが止まった。助手席で固

まってしまった雅巳を見ながら、僕は自分の失言を悔いた。

 僕は「冗談だよ」と言おうとして口を開こうとした時、雅巳の消えてしまいそうなぐらい小さな声が僕の耳の中に入って来た。

「いいよ」

「え?」

 冗談かと思った。もしくは聞き違いだろうか?

 自分で誘っておきながら情けない話だと僕も思うが、雅巳がこんな誘いに応じるわけがないという思いが強かった。
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