君の声が聞こえる
雅巳をこうやって抱き上げたのは二度目だが、あの時よりも軽くなっているような気がした。

「嫌だ。自分で歩けるわよ。下ろして」

「駄目。妊婦な奥さんはご主人の言う事を聞きなさい。それに須藤がいなくなるなんて、ひどい事を言った罰だ」

「ご主人って……まだ結婚してないじゃない」

「これから役所に行くぞ」

「本気なの?」

「本気。婚姻届だけでも取りに行く。戸籍謄本が必要だから提出はまた別の日になるけど、準備はしていこう、ね?お母さん」

「お父さんの言うとおりね」

 そう言いながら雅巳は幸せそうに自分のお腹の辺りに目を向けた。自然と笑みが浮かび、今まで感じていた雅巳に付きまとう影のようなものがその存在を潜めた。

雅巳は僕の首に腕を回した。

「ゴーゴー!加藤睦月号」

「姫様の仰せのままに!」

 僕は雅巳を抱き上げたまま走り出した。雅巳は興奮したように声を上げって笑っていた。

 雅巳のそんな笑い声を聞いたのは何カ月振りだろう。

最近の雅巳は儚げで、一瞬でも目を離したらどこかに行ってしまいそうな気がしていた。だから本心を言えば、あの言葉はかなりショックだった。

『私がいなくなったらどうするの?』
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