君の声が聞こえる
結婚届に役所に提出に行った夜、雅巳の母親は、これから自分は実家に帰るから、このアパートに住んで二人で生活していけばいい、と言ってくれた。

僕は雅巳の母親の申し出に心から感謝して家賃は自分で払っていくと約束をした。

 それに対して、雅巳の母親は曖昧な返事だけして僕と雅巳を残してアパートを出て行ったのだった。

 雅巳は僕と目が合うと心から幸せそうに微笑んでいた。

僕は何だか恥ずかしい気持ちになって蛸みたいに顔を真っ赤にする事しか出来なかった。

 雅巳と僕が体の関係になったのはたった一度だけの事だった。

 あのゼミの帰り道で寄ったホテルでの事だけだった。たった一度の愛の行為で、出来た僕と雅巳の赤ちゃん。

これを奇跡と呼ばずに何と呼ぶのだろう。

「加藤……」

「駄目だよ。須藤は俺の奥さんになったんだから、ちゃんと名前で呼ばなくちゃ!」

 言いながら自分も雅巳の事を「須藤」と呼んでいる事に気付いて二人で顔を見合わせて笑った。

「睦月って呼ぶのは恥ずかしいわ」

「すぐに慣れるよ。俺は雅巳って呼べて嬉しい。ずっとそう呼びたかったから」

「睦月……」

「雅巳」

 僕と雅巳は夫婦になってから初めての口付けを交わした。
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