君の声が聞こえる
下手すると誰も知らないところに行って勝手に産もうとするかもしれない。

そう考えれば、あながち義母の選んだ選択を責める事は出来なかった。

僕が彼女の立場だとしても同じ選択を選んだだろう。

そうだとしても、今まで何も知らずに赤ん坊が生まれるのを心持ちにしていた自分を思うと情けなくて悔しい。

「ごめんなさい」

 俺は深々と頭を下げた義母に、今の憤りをぶつける事しか出来なかった。

「一人にしてください」

冷たい口調で言い放った僕に義母の肩がビクリと強張った。

頭をかきむしって混乱する僕を痛ましそうに目をむけて、義母はもう一度「ごめんなさい」という言葉を口にした。

返事もせずに頭を抱え込んだ僕に何か言いかけたが、今、何を言っても無駄だと悟ったのだろう。

寂しげな溜め息を洩らすと席を立った。

「加藤君、落ち着いたら連絡ください。ちゃんと話し合いましょう」

 その言葉さえ白々しく感じられて、僕は返事をしなかった。

雅巳が死んでしまう。

その事を知らされた今となっては、これからする事の全てが無駄な事のように思えた。

僕はその場から動く事も出来ずに、そのままテーブルに突っ伏して泣いた。

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