君の声が聞こえる
喫茶店内の客と店の者にしてみれば、この上なく迷惑な客だろう。

怒鳴ったり泣いたり、どちらも尋常ではないと感じるはずだ。

それでも僕は構わないと思った。

いっその事、このまま石になってしまいたい。何も考えず、苦しまず、そして何も感じる事のない……そういう存在になれたなら、この悲しみから解放されるだろうか?





いつまでそうしていただろうか?

前の席に誰かが座る気配がした。誰なのかは分からなかったが、僕の怒りはその人物に全て向けられる。

何で勝手に人のいるテーブルの席に座るんだ。

店員の嫌がらせか?

僕が邪魔なのか?

大体、一言もなしに、どういう事なんだ!

そんな怒りに突き動かされるように、僕は顔を上げた。僕の目の前に座った人物に怒りをぶつけるために。

しかし、目の前に座っている人物の姿を見て、僕の怒りは情けなくも小さく萎んでしまった。

そして、こみ上げてくるのは悲しみと愛しさだ。

「迎えに来たわよ。あなた」

 そこには、まるで天使のように美しく微笑む僕の妻がいた。

「母からあなたがここにいるって聞いて迎えにきたのよ」

 その一言で、僕はまたしても雅巳の母親を憎らしく思った。彼女の体の状態を知っているのに、ここまで迎えに来させるなんて一体、何を考えているのだ!

 しかし、雅巳は僕の表情を見て、すぐに僕の考えている事を察したのだろう。

「私が聞いたのよ。あなたがなかなか帰って来ないから」

 そう言って微笑んだ。

 僕は不思議でならない。どうして雅巳は僕に微笑みかける事が出来るのだろう?
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