君の声が聞こえる
時間にして二十分ほどだが、義母の話を聞いた後の今となっては、そんな距離を身重の雅巳を歩かせるなんて、とんでもない事のように思えた。

「タクシーで帰ろう」

「え?もったいない。歩いて帰ろう」

 渋る雅巳を客待ちしていたタクシーに押し込み、我が家に帰ってきた僕は混乱する頭を何とか冷静にしようとベランダに出た。

雅巳を見ていると、義母から聞いた話は全部嘘か思い違いのように思えてくる。

それなのに、義母の言葉は耳にこびりついたように離れないのだ。

『覚悟をしておいて頂戴……』
 呼び出された喫茶店の隅の席で、お義母さんは感情を押し殺しながらそう言った。

その表情は結婚する前の雅巳が顔に浮かべていた表情に類似しているような気がした。

 それを言葉で表すなら苦悩、そして悲愴感。

『覚悟って何の、ですか?』

 いやな予感がした。本能がその言葉を聞くな、と告げていた。
『あの子の体は出産には耐えられないわ。あの子の担当医の先生にも言われたし、産婦人科の先生も初めは堕胎の方を勧めていたのよ』

『でも、雅巳は帝王切開にすれば、心臓への負担を少ないって……』
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