君の声が聞こえる
「まだだよ。それどころじゃなかったし……」

 僕は名無しの権兵衛である我が子の顔を見つめた。小さな我が子は目を閉じて眠っているように見える。

時々、手と足を動かす以外は何の反応もなく、赤ん坊という生き物はなんとも弱々しいものだろうと思わせるのだった。

「ねえ、私、この子の名前を考えたの。聞いてくれる?」

 もともと良枝という子は考え付いたことはすぐに口に出さないときがすまない性質である。

今だって僕に考え付いた事を聞いて欲しくってたまらないのだ。

 僕は嘆息を洩らして肩をすくめた。

「秋山さん、俺にはどうして君がそんなに元気に振舞えるのか分からないよ……」

 僕の愛する人はつい一昨日この世界からいなくなってしまったというのに。

今は何も考えたくないし、何もしたくない。

 それなのに、僕の目の前にいる秋山良枝という女の子は雅巳のことを吹っ切ってしまったかのように赤ん坊の事で騒ぎ立てるのだ。

あんなに雅巳と仲良かったのに、である。

 僕には良枝の気持ちが分からなかったし、彼女と一緒に赤ん坊の事を考える気力もなかった。

「加藤君、加藤君には雅巳の声が聞こえないの?」

「は?何を言ってるんだよ」
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