君の声が聞こえる
「いえ」

 言葉少なに答えた僕に雅巳の母親は寂しげに目を伏せた。

しかし、思い直したように顔を上げた彼女はいつもどおり感情の読み取れない美しい顔を僕に向けて「今日、ここで会えて良かったわ」と言った。

「良枝ちゃんと入籍するって聞いて本当に良かったと思っているの。雅樹君のためにもあなたのためにも」

 誰が話したかなんて分かりきっている、良枝が話したのだろう。

良枝が雅樹を連れて、時々雅巳の母親に会っている事を僕は知っていたが、それについてあえて何も言わないようにしていた。

「有難うございます。それじゃあ、失礼します」

 頭を下げて去ろうとした僕に雅巳の母親は「ちょっと待って」と僕を呼び止めた。

 慌てた様子でハンドバックから何か白い封筒を取り出した。

「これ……」

 僕に差し出した封筒には見覚えのある綺麗な字で『加藤睦月様』と書かれている。

「まさか……」

「雅巳が亡くなる前にもしもの事があった時の為にって預かったの。ただ、あの子は加藤君に渡すのは、あなたが新しい人生を歩み始めてからにして欲しいって言ったから今日まで私が預かっていたわ。もう大丈夫ね?」

 僕は動揺して返事が出来なかった。

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