君の声が聞こえる
 でも、雅巳は走らなかった。振り返る事なく、僕に背を向けて今までと同じペースで僕から離れていく。

遠ざかっていく雅巳の背中を見つめながら、僕は彼女の走っている姿を一度も見たことがない事に気がついていた。

 僕は雅巳が何か暗い秘密を背負っている。

 それを出会ったばかりの僕が、それを一緒に背負って行きたいなんて言ったら、彼女はどんな顔をするだろうか?

人は出会った期間で気持ちの深さが決まるわけではない。

 それでも世間の大人たちは、学生の僕が出会ったばかりの雅巳の事を『愛している』なんていったら鼻で笑うだろう。

 子供に愛を語る資格はない、そう思うに違いない。

 私の事を絶対に好きになったりしたら駄目だからね!

 そう言った時の雅巳の顔が忘れられない。

 僕は人間があんなに悲しい顔をしているのを初めて見たような気がした。

 雅巳はなぜ、あんなに悲しい顔をしながらあの言葉を口にしたのだろう?

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