雨降らずとも


部屋の真ん中を突っ切って
冷蔵庫を漁る家主に


「悪い。また来るわ」

一声掛けた。


「なんだよ珍しい」
「んー。明日早出なんだわ」
「なるほどな。んじゃ今度来る時はお前ビール買って来いよー?」
「わーった。じゃなー」


右手をひらり振って
俺はその部屋を後にした。

外は嫌な湿気が漂い
空気の中には微かに独特の香りが混ざっている。

…ひと雨来そうな……

アイツの家までは歩いて10分。
まぁ降られても…


「ぅおっ!?」


ゴロゴロ…という唸りが聞こえて
パラパラ降り出して来た雨。


「マジかよ…」




傘なんて大層なもん持ち歩いてねぇっつの…
しかも次第に強くなって
段々周りが白んできた。

…しゃーないな

走るか…
それにいい口実にもなる。


暫く行ったところで
彼女の住むマンションが見えて来た。

窓の明かりが付いてる。
きっともう中にいるんだろな。

エントランスからエレベーターに乗って3階。
斑模様になったシャツが冷たくて
前髪からポタポタと落ちて
額を伝う。

彼女の部屋は
エレベーターホールから少し離れた静かな位置。

ドアの横にあるインターホンに手を掛け

ボタンを押した。


気にする様な子じゃないけど
俺にはまだ口実が必要で

だけどいつか

なくせたらいいと思う。


…ほんと思う。



…鍵が鳴ってドアが開いた。


「…よっ」



ドアの向こうからは




「瑞樹」



驚いた様な
でも予想していた様な

そんな表情が垣間見えた。


「不用心だよ栞ちゃん。確認もしないで開けちゃダメじゃん」



雨降らずとも
逢いに来れるのは

一体いつに

なるんだか…─

 
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