君を愛す ただ君を……
『今日はもう帰っていいわ。動揺した看護師に、このままいられて、また迷惑をかけられても困るの』

あたしは処置室の前の長椅子に座ったまま、呆然と『処置室』と書かれてあるドアの文字を眺めていた

「やっぱりここに居た」

越智君が、血だらけのワイシャツにスーツの上着を羽織って立っていた

「あ…越智君。今日はありがとう。井上先生に聞いたよ。越智君が処置してくれなかったら、大ちゃんは死んでたって」

「医者として当然のことをしたまで…と、言いたいけど。俺も必死だった。知り合いの手術を目の当たりにしたのは2度目だけど、やっぱきついや」

越智君があたしの隣に座ると、すっとあたしの手を握ってくれる

「2度目?」

「1度目は、涼宮の手術を見た。心臓外科医になろうって思ったときだったから、親父に頼んで見せてもらったんだ」

越智君が苦笑した

「手術を受けて大変な思いをしてるのは涼宮なのに、俺のほうが顔面蒼白で…途中、ぶっ倒れてた」

「越智君が?」

「俺だって、なんでもできるわけじゃないよ。初めて人の内部を肉眼で見たんだ。そりゃあ、それなりの反応をするさ」

越智君、近く居てくれたんだ

ならあの暗闇で会話したのは、夢じゃなくて、越智君本人だったのかな?

「大ちゃんを助けてくれて、本当にありがとう。あたし、こんなに動揺して、何もできなくなるなんて思わなかった。看護師失格だね」

「通常の反応だろ? 誰だって、担ぎ込まれてくるのが親族だとは思わねえもん」

「さあ、あたしも帰ろう」

「え?」

越智君が驚いた顔をした

「軽部先生にね。これ以上、迷惑をかけられたくないから帰れって言われたの」

「じゃあ、送っていくよ…ていうか。俺の家に来てほしい」

越智君があたしの手の甲にキスを落とした

「勝負下着じゃないけど…」

「気にしないよ」

越智君がにこっと笑った
< 191 / 507 >

この作品をシェア

pagetop