君を愛す ただ君を……
「男の一人暮らしだから…ロクなもんがないや」

岡崎さんがそう言いながら、敷きっぱなしの布団を長い足で部屋の隅に追いやった

冷蔵庫からまだ開封していないペットボトルを出してくると、小さなテーブルの上に二つ置いてくれる

「好きなのを、どうぞ」

私は、真っ赤なハイヒールを脱ぐと、恐る恐る岡崎さんの部屋にあがった

ワンルームのアパートに入ったのが、生まれて初めての経験で、あまりの狭さに私は開いた口が塞がらなかった

こんな狭くて息のつまりそうな場所で、この男は毎日を過ごしているのだろうか?

「ここ1、2年は誰も遊びに来てないからさあ。ついつい掃除が疎かになってて、あんま綺麗じゃないけど。ここに引っ越してきたばかりの頃はさ…陽菜がよく遊びに来てたんだけど、今じゃ、さっぱりで」

岡崎さんは、口を動かしながら、手も動かしていた

脱ぎっぱなしのジャージを布団の隙間にねじ込んだり、読んで放置されている雑誌や出しっぱなしなっているCDケースを纏めて、空いている棚に突っ込んだりしていた

私は、久方ぶりの畳の感触を味わいながら、部屋の隅に鞄とコートを置いて、腰を落とした

「そういえば、涼宮さんと婚約なさっているとか…」

「形だけね。口約束だし……越智と再会したなら、僕はもう用なしだよ」

岡崎さんが、手を止めると寂しそうに微笑んだ

「用なしだなんて」

「いいんだよ。陽菜が幸せになるなら」

「そんな……だって、そうしたら岡崎さんの幸せは?」

「僕の幸せ?」

考えたことなかったと言わんばかりの表情で首を傾げた岡崎さんは、棚に置いてある写真立てにちらっと視線を送った

私もつられて、写真に写っている二人の男女を見た

これって…岡崎さん?

今よりもずっと若い岡崎さんがジャージを着て、同年代の女性に抱きついて楽しそうに笑っている写真だった

高校生のとき?

ううん、大学生くらい?

女性は、涼宮さんじゃないわ

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