君を愛す ただ君を……
私は手の伸ばす位置に自分の鞄があるのに気付くと、心の中で葛藤を繰り返しながら、鞄の中に手を突っ込んだ

携帯を手にとって、皺だらけのメモに書いてある数字を押した

携帯の時計が合っているなら…

ううん…ズレてないのは知ってるけど…

携帯の液晶によれば、深夜2時

明日も仕事のある岡崎さんが起きているとは思えない

そんな時間だと知っていながら、電話をかける私は非常識だ

大人の女がする行為じゃない

だから、岡崎さんに十代の不安定な女子生徒と同じだって言われたのかな?

きっと精神年齢が低いのよ、私は

愛情に飢えていながら、愛を貰うのが怖いの

誰かに愛されているって思うのが、極端に苦手

その先にある滅亡を想像して、苦しくなる

『もしもし?』

岡崎さんの眠そうな擦れた声に、私は一瞬で心臓を強く掴まれたように呼吸困難になった

「あ…の…」

『軽部先生でしょ?』

優しい声が耳の中に入ってくる

勝手に流れてくる脳内に記憶された岡崎さんの声より、ずっと温かみのある声だ

「私は…、貧乏は嫌なのよ。金持ちの男が好きなの。高級なレストランに、高級なワイン、高級な車、金に糸目をつけない生活にあこがれているのっ」

『うん』

「お洒落な男がいいのっ」

『うん』

「だから、岡崎さんは嫌い。大嫌いよ……でも、迎えに来て」

電話の向こうで、岡崎さんの失笑が聞こえた

『どこにいるの?』

「高級なホテル」

『それだけじゃ、迎えに行けないよ』

「…じゃ、来なくていい」

私は、ピッと電話を切った

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