君を愛す ただ君を……
「無理してる?」

「スイートルームは、本日予約者でいっぱいだって言ってたよ」

「嘘つき。空いてるわよ。だって、私、すぐに泊まれたもの」

「一番、安い部屋しか取れなかったけど…我慢して。僕の稼ぎだと、かなりの背伸びだよ。明日、金融の取り立てが来ても怒らないでね」

「やだっ…もう。岡崎さんって、そういう冗談を言える人?」

私は肩を震わせて笑った

くすくすと笑う私を、大きな手で撫でると、肘かけの部分に岡崎さんが軽く尻を乗せた

岡崎さんのにおいが私の鼻孔をくすぐった

「岡崎さん…早くっ……」

「部屋に行きたい」と思って顔を上げると、岡崎さんが誰もいないエレベータホールを眺めながら、懐かしそうに眼を細めて微笑んでいた

「もう何年前になるかな? この椅子に座って、僕はずっと待ってた」

岡崎さんが、寂しそうに笑う

「…それって、写真立ての人?」

「違うよ。陽菜をここで待ってた。5分ごとに、腕時計とエレベータホールを睨めっこしては、まだ降り来ないって心中穏やかじゃなかったなあ。越智と別れるのに、いったい何分かかってるんだって、心の中では苛々してた。今じゃ、懐かしい想い出だよ」

岡崎さんが、エレベータホールから視線を動かすと、私の顔を見た

「あ…あの二人って一度、付き合ってことがあるの?」

「高校生のときに。でも越智の母親に反対されて、このホテルで別れたよ。越智はすぐドイツに留学した」

「職場で、再会したわけね」

「んで、僕はお払い箱。今夜は慰めてよ」

「慰めるほど、落ち込んだの?」

「軽部先生も、なかなか言うねえ」

私は立ち上がると、岡崎さんの腕に絡みついた

「『彩香』って呼んで。お願い」

「んじゃ、僕は『大樹』かな」

「勘違いしないでよ。大樹が、『好きだ』っていうから付き合うんだから。あくまでも主導権は私だから」

「はいはい」

岡崎さん…ううん、大樹が苦笑して、エレベータに向かって歩き出した
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