君を愛す ただ君を……
『夜遅くに悪りぃ。ちょっと聞きたいことがあって……』

愁一郎の声が暗い居間から聞こえてくる

家の電話の液晶が、青い光を放っているだけだった

愁一郎…こんな夜中に誰と電話をしてるの?

あたしはそっと近づくと、居間に入る手前で足をとめて耳を澄ました

『陽菜が妊娠したみたいなんだ。無事に出産ができる確率を教えて欲しい』

愁一郎の言葉にあたしは胸がドキッとした

居間にそっと顔を突き出すと、愁一郎の後ろ姿を見つめた

キッチンに置いてある折りたたみ式の丸椅子に片足を乗せて座り、膝を抱えて電話をしていた

その背中はすごく不安なオーラに包まれていて、いつも大きく見える愁一郎の背中なのに、今夜は小さく丸まっていた

『産科が専門外なのはわかってる。でも親父は心臓の専門だろ? 気になるんだ』

愁一郎の不安げな声ははっきりと聞こえる

だけど電話の相手である愁一郎のお父さんの声は、何か話しているのはわかるけど…言葉まで聞こえなかった

『正確なデータじゃなくてもいい。親父の経験上でいいから、俺に教えてくれよ』

またお父さんが話しているのが聞こえる

何て、言ってるんだろう

あたしも気になるよ

『そっか。サンキュ。え? …あ、産むと思うよ。欲しがってたから、俺との子を…。俺さぁ、ここだけの話。こんなに不安になったのって初めてでさ。情けないって思うくらい、仕事が手に着かなくて、集中できなかった。そりゃあ、嬉しい気持ちだってあるけど、それと同じくらい怖いって思った。今までは、俺が人一倍頑張ったり、努力したり、我慢すればどうにかなる人生だったけど。今回の件はそうもいかないだろ? もう俺の努力のしようがねえじゃん。陽菜の身体に宿った命は、陽菜の判断でしかどうにもならねえし…そう思ったら、すげえ不安で、全身が震えたよ』

愁一郎……

そんな風に考えててくれたなんて、あたし知らなかったよ

あたしは居間に背を向けると、静かに寝室に戻った
< 260 / 507 >

この作品をシェア

pagetop