君を愛す ただ君を……
「あんたの操り人形は俺だけじゃねえしな。勝手にしろよ。俺、別に親父の病院を継がなくても、生きていけるし。妹に継がせたいなら、継がせろよ」

愁一郎が、お母さんを玄関の外に追い出すと、ドアを閉めた

鍵を閉めるなり、愁一郎は玄関のドアに寄りかかってため息をついた

「愁一郎?」

「悪りぃな。痛かっただろ?」

愁一郎は手を伸ばすと、叩かれたあたしの頬をそっと触った

あたしは首を横に振ると、愁一郎の顔をじっと見つめた

愁一郎はどっと疲れた表情を浮かべると、肩を持ち上げて苦笑する

「さっきのは妹だよ。どうせ、どっかの医者とくっつけさせたんだろ? あの人は親父の病院が欲しいんだよ」

「病院……いいの?」

「いらないよ。あいつらのゴタゴタに巻き込まれるくらいなら、万年、大学病院の平医者で十分だよ」

万年?

大学病院の平医者?

だって…来年にはドイツに行くんじゃぁ…

あたしは愁一郎のシャツを掴んだ

「ドイツに行くんだよね?」

愁一郎はあたしの頭を撫でると、優しい笑顔で微笑んだ

「実は迷ってる」

「え?」

「断ろうかと思ってるんだ」

「なんで? 良い話なんでしょ?」

「ああ。確かに良い話ではある。でも出発時期が、陽菜の出産とかぶるだろ? 産んですぐに知らない土地で暮らすのは、陽菜にはすごく負担がかかるんじゃないかって。俺、一人でドイツに行くっていう方法もあるけど…離れて暮らすくらいなら、俺、断ろうと思ってる」

「そんなぁ」

「心臓外科の勉強は、ドイツの研究室じゃなくてもできるだろ?」

「そうだけど」

愁一郎は、あたしの肩をポンポンと叩くと居間に向かって歩き出した
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