君を愛す ただ君を……
「越智先生が女性と激しく口論をしていると思ったら…足を踏み外して階段から落ちたみたいなんです。一通りの検査をして異常はなかったんですが…一部、記憶が無くなってるんです」

ナースステーションに立ち寄ったあたしに、看護師のマキちゃんが教えてくれた

レイちゃんが、あたしの手を握ると真面目な目であたしを見てきた

「最初は、自分の名前すら言えなかったの。目の前にいる女性の名前も」

「目の前にいた女性って……」

「越智先生のお母さんらしいんだけど。その人と言い争っていたのよ。越智先生が珍しく怒鳴っているから、皆で驚いていたの。そしたらお母さんの悲鳴が聞こえて……。私たちが駆けつけたときは、越智先生は床に倒れてて」

「レイちゃん、一部記憶が無くなってるって…もしかして、あたしのことを忘れてる?」

あたしは恐る恐る聞いてみると、レイちゃんが頷いた

「時間がたつにつれて、徐々に思い出したみたいなんだけど…どうしても陽菜とお母さんのことを思い出せないみたい。それと直前にお母さんと言い争ってた内容も」

あたしは頭の中が真っ白になった

愁一郎があたしを忘れている

あたしを覚えていない?

あたしは手荷物を床に落とすと、近くにあったテーブルに両手をついた

「そっか…覚えてないんだ」

「心因性健忘症と外傷性健忘症が重なったんじゃないかっていうのが医師の判断。検査で異常はないから、目が覚めれば、仕事に戻っていいらしくて……」

そう言いながら、レイちゃんの視線が上に向いた

あたしはレイちゃんの視線の先に、目を動かした

母親に心配されながら廊下を歩く愁一郎が見えた

白衣に袖を通すと、ナースステーションに入ってきた

「すみません。ご迷惑をおかけしました」

愁一郎は大きめな声で挨拶をしながら、ナースステーションの奥に入る

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