君を愛す ただ君を……
バチンと大きな音がした

レイちゃんが、愁一郎の頬を叩いたのだ

「陽菜の記憶が無いからって、失礼にも程があるんじゃないですか?」

レイちゃんが目を赤くして、頬を膨らませていた

「看護師が、医師に手をあげるほうが失礼だろ」

愁一郎がレイちゃんを睨むと、ナースステーションを出て行った

「な…何なのよ、あれっ」

レイちゃんが、地団駄を踏みながら怒りだした

高校のときの記憶も、再会してからの記憶も……愁一郎の中には『あたし』という存在はもういないんだ

まるでパソコンのデータを消去してしまったみたいに…すっかり消えてる

あたしは鞄を掴むと、重苦しい息を吐き出した

「大丈夫だよ。時間がたてば、思い出すって」

レイちゃんが、あたしの肩を叩いた

「まるで敵を見るような目だったね。あれじゃあ……結婚式は中止だね」

あたしは泣きたくなる気持ちを、胸の奥に押し込むと無理やりに笑顔を作った

「陽菜ぁ……今夜、やけ酒に付き合うよ?」

レイちゃんがあたしに抱きついた

「あたし…お酒飲めないし」

「えっ?」

レイちゃんがびっくりした声をあげる

あたしは妊娠したことを誰にも言ってない

仕事を休んだのも、結婚式の準備…という理由で休暇をもらっていたから

「実は…妊娠してて。あ…でも絶対に越智先生には内緒だよ。あの顔は、あたしを憎んでそうだし…知られたくない」

「陽菜ぁ…」

レイちゃんがあたしのかわりに涙をながして、泣いてくれた

< 281 / 507 >

この作品をシェア

pagetop