君を愛す ただ君を……
大学病院を出ると、あたしの目の前にお母さんが立ちはだかった

冷酷な視線であたしを見てる

「愁一郎は、貴方とは結婚しないそうよ」

「そう…みたいですね」

あんな憎しみのこもった眼であたしを見る愁一郎は初めてだよ

あたしは、お母さんの顔をまっすぐに見つめた

厚い化粧で、顔の染みを隠しているのがよくわかる

本当は、早く一人になって泣きたい気分だ

愁一郎に冷たくされて、心が痛い

だけど、お母さんから逃げるように立ち去るのは負けたみたいで嫌だよ

愁一郎のお母さんにだけは…負けたくない

ううん、たぶん…もう負けてる

愁一郎はお母さんの言葉を信じてる時点で、あたしはお母さんに負けたんだと思う

だからって泣き顔なんて見せたくなかった

愁一郎の記憶が無くても、あたしは愁一郎への気持ちを諦めたくない

「愁一郎の家から、出て行ってちょうだい」

「あたしの家でもあります」

「名義は愁一郎でしょ?」

「ええ」

「なら、貴方に権限はないでしょ?」

「愁一郎に出て行けと言われたら、出ていきます。失礼します」

あたしはお辞儀もせずに、お母さんの横を通り過ぎた

「泥棒猫さん、愁一郎はもう貴方を思い出したりしないわ」

あたしの背中に、お母さんの言葉が突き刺さった

そんなのわからない

思い出してくれるかもしれないじゃない

あたしは早足で、バス停に向かった
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