君を愛す ただ君を……
前髪を掻きあげると、越智先生が苦しそうな表情をした

「よく…わかんねえけど。記憶を失う前の俺は、あんたを大切にしていたと思うんだ…多分だけど。お袋の言うあんたと、俺の家に残ってるあんたの形跡が食い違ってる……と、思う。多分だけど。よくわかんねえし、自信を持って断言できねえ。記憶がないし」

「はあ…」

あたしは越智先生の顔を見つめながら、首を傾げた

何を言うとしているのか…さっぱりわからない

でもあたしに何かを伝えようとしているのは…なんとなくわかる

「…戻ってこいよ。あの家に」

「え?」

あたしは驚いて目を丸くした

「あんたの私物は、出てったときのままにしてあるから。俺、あんたが来るの待ってるから」

越智先生が、あたしの手を離すと、顔を真っ赤にして階段を上っていた

何が起きたのだろうか?

どんな心境の変化が、越智先生にあったというのだろうか?

あたしはしばらく階段の踊り場で、呆然と立ち尽くしていた

あたし…愁一郎の家に帰っていいの?

でもあの家にいるのは越智先生だよね?

『待ってる』って言った?

越智先生が『待ってる』って?

あたしがあの家に帰るのを待っててくれるの?

あたし……どうしたらいいのだろう

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