君を愛す ただ君を……
『越智先生の家に行くだけ。戻ってこいって言われてて。今夜はレイちゃんとお店にいたら、迎えに来るって……電話があって。少し話をしてから帰るよ』

『泊まればいいじゃない。戻ってこいって言ってるなら、戻ればいいのよ』

ママのメールを見て、あたしはため息をついた

だから…違うんだってば

記憶が戻ったわけじゃないし、越智先生はあたしの知っている『愁一郎』とは違うから

『家のチェーンは掛けちゃうからねえ。記憶はなくても、身体が覚えてるのよ。愁君の待ってる家に帰りなさい』

続けてママからメールが届いた

そのメールを見たレイちゃんがあたしの肩をポンポンと叩いた

「ほら! 陽菜と越智先生が一緒になるのが自然なんだって」

あたしは肩を竦めると、オレンジジュースを口の中に入れた

「自然ねえ」

「見合い女なんか。無視よ、無視! 完全無視を貫けばいいのよ。あっちが後からホイホイとやってきたんだから」

レイちゃんが、カクテルを一気に飲み干すとガンとテーブルにグラスを置いた

越智先生のお母さんを敵にしてまで…あたし、越智先生と一緒にいる必要があるのかな?

『愁一郎』じゃないんだよ?

同じ人だけど、違うの

あたしの知っている『越智 愁一郎』とは違う人

あたしはオレンジジュースのグラスとぐっと力を入れて掴んだ

「陽菜は、記憶に頼り過ぎてない? 馬鹿越智は、記憶が無くても身体で陽菜を求めようとしてるんだよ? 記憶が無くて、苦しいのは陽菜だけじゃない。馬鹿越智本人だって苦しんでると思うよ」

「レイちゃん……」

「記憶がないなら、新しく作りなよ。馬鹿越智と陽菜の新しい想い出をさ」

「ありがと」

あたしは、携帯の液晶画面が光るのを見ながら、鞄に手をかけた

「少し、頑張ってみる」

あたしは携帯を手に持ち、鞄を肩にかけると席を立った

『越智 愁一郎』と表示されている携帯から、着信が鳴り続ける中、あたしはレイちゃんと別れた
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