君を愛す ただ君を……
お腹の中に、赤ちゃんがいると愁一郎には言い出せなかった

なんでだろう

どうして言えなかったのだろう

あたしは隣で寝息を立てている愁一郎の寝顔を見つめた

一言、「貴方の子がいる」と言えばいいのに

喉の奥で、言葉がつまり、声に出して言うことはなかった

あたしね…愁一郎

心の中のどこかで、椎名 みちるさんとの見合いを賛成しているのかもしれない

愁一郎は、あたしよりもっと丈夫で元気な子供を2人も3人も産める女性がいいんじゃないかって考えているのかも

それに、みちるさんと結婚すれば…実家の病院が継げるんでしょ?

あたしが愁一郎の相手だったら、実家の病院を妹さんに譲らなくちゃいけなくなる

ドイツにだって……

愁一郎がみちるさんに触れるのは嫌

すごく嫌だよ

でもあたしが愁一郎の傍にいても足かせになってるだけって気がするのも事実だよ

人生に正解なんてないって、彩香さんが言ってたけど

今回は、あたしが身を引くのが正解な気がする

愁一郎が好きだよ

傍にいたい

だけど、愁一郎の輝かしい人生に傷をつけたくないよ

あたしは起き上がると、ベッドから足を出した

ベッドから離れようとした瞬間、バシッと手首を掴まれた

「陽菜……ただいま」

静かな口調で、愁一郎が呟いた

え? 『ただいま』って?

「俺、お袋と言い争ってた。病院の階段で。仕事場にまで来て、結婚を取り辞めろって言うから……んで、お袋に階段から突き落とされた」

あたしは振り返ると、愁一郎の顔を見つめた

思い出したの?

記憶が……戻ったの?

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