君を愛す ただ君を……
愁一郎の車が、実家の敷地内に入り、エンジンを切ったと同時に、愁一郎のお母さんとみちるさんが玄関が飛び出してきた

お母さんの零れんばかりの笑みが、助手席に居るあたしを見るなり、固まり…そして綺麗さっぱりと消えていくのがよくわかった

目を細くして、無表情になったお母さんが、ずかずかとあたしのほうに近づいてくる

愁一郎が、素早く車から降りた

『お袋っ』

外に出た愁一郎が、小走りで助手席の前に立つとお母さんの前に立ちはだかった

『愁一郎、騙されないでと何度も言ったでしょ』

『あいつ、妊娠してる。俺の子が、あいつの腹の中にいるんだ。だから手荒な真似をしないでくれ』

『は? あの子がそう言ったの? 嘘に決まってるじゃない。愁一郎を騙すために言ってるのよ』

目を覚ましなさいと言わんばかりに、お母さんが愁一郎の頬に手を伸ばした

愁一郎は、お母さんの手を払うと、嫌そうな顔をした

『俺にも、陽菜にも、触れないでくれ。あんたに触られたくない』

『愁一郎…どうしちゃったの?』

お母さんが、泣きそうな顔をして愁一郎にすがりつこうとする

愁一郎は、お母さんの身体を避けた

お母さんは、庭先の芝生に両手をつくと膝をついた

『椎名さん、もうおわかりでしょうけど。俺、椎名さんと一緒になる気はありませんから。お付き合いは、お断りします』

椎名さんが、スカートを掴むと黙ったまま下を向いてしまった

愁一郎が助手席のほうに身体を向くと、ドアを開けてくれた

「陽菜、親父に挨拶したら帰ろう」

あたしは愁一郎が差し出してくれた手を掴んで、車の外に出た

「愁一郎、何を言ってるの? 貴方は、みちるさんと結婚をしてあの病院を継ぐのよ」

立ち上がったお母さんが愁一郎の胸を掴んで、髪を振り乱しながら叫んだ

「俺に触らないでくれっ!」

愁一郎は、お母さんを芝生のほうに突き飛ばした

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