君を愛す ただ君を……
「あ…じゃあ、あたしは支払いを済ませて、帰るから」

ソファの上にある鞄を掴むと、受付に行こうと足首を回転させて背を向けようとした

「待って」

越智君があたしの鞄を掴むと、呼びとめた

「え?」

「家まで送るって。それに俺が無理やり診察するように言ったんだし、金はいいよ」

「良くないよ!」

「いいって。別に親父、点数計算の用紙を出してなかっただろ?」

「精密検査の予約を入れただけ…かな?」

「なら、金はいらないよ」

越智君が、あたしの鞄を持つと、にっこりと笑って歩き出した

「でも…」

「いいんだって」

越智君が、首を左右に振った

「それより、検査…受ける気になってくれて俺、嬉しいよ」

あたしは越智君の隣を歩きながら、病院の床を見つめた

「越智君のお父様って、お話し上手だよね。なんか、あっという間に検査を受けるって話になってて、つい頷いてた」

あたしは「あはは」と乾いた笑い声をあげた

病院の自動ドアをくぐりぬけて、あたしたちは外に出る

駐車場にある歩道を歩き始めた

「患者には親身なんだ、親父。一人でも多くの人が、元気になって笑顔が見たいって」

「お医者様の鏡だね」

「まあね。医師として見るなら。父親として…とか、夫として…とか、だとちょっと物足りないけどね」

越智君が、苦笑いをした


< 58 / 507 >

この作品をシェア

pagetop