世界で一番好きなもの。【短】
花梨をなくした俺に残るのは、周囲からの好奇の目線だけ。
何事かとでも言うように、ジロジロとした視線は不快な他なんでもない。
そしてそんな状況で俺が選択するのは、勿論花梨以外考えられない。
何よりも大事な俺のもの。
俺はケーキにあっさり別れを告げると花梨が居なくなった方向に走り出した。
走っているせいで、ぶつかる回数は増え、罵声を浴びせられたりもしたけど今はそんなの構ってらんない。
だって花梨の眉間に皺を寄せ、唇を噛むあの顔は泣くのを堪えているときだから。
俺に寛大で、いつも甘やかしてくれる花梨。
そんな花梨がキレたんだ。
原因は解らないけど、俺が悪いことをしたに違いない。
花梨をひとりで泣かすわけにはいかない。
その一心で、俺は柄にもなく走っていた。
走るのなんていつぶりだろう。
息は上がるし横腹が痛い。
俺は自分の運動不足をうらんだ。
かっこ悪ぃ、俺。
でも、今は一秒でも早くあいつを抱き締めたい、という想いで一杯だった。
そう思って人混みを掻き分けているのに、一向に花梨は見つからない。
花梨も運動は得意じゃないからそんなに走っていないはずなんだけど…。
「っ、クソ…!」
拉致のあかない隠れん坊に俺はケータイを取り出す。
出て、くれるといんだけど。
苦笑を漏らしながらケータイを開き、とりあえず引き換えそうと方向転換したとき
『はなしてっ!』
聞き覚えのある声が聞こえた。