世界で一番好きなもの。【短】
その声の方向を辿れば、案の定、道の端に花梨が居た。
ホッと息を吐いたのもつかの間、よく見れば男に絡まれていて…
その強引に花梨の腕を引っ張る汚ならしい手を見た瞬間、俺は頭に血が昇って行くのを感じた。
寒いはずなのに、燃えるように熱くなっていく体。
近づいていけば、2人の会話ははっきりと聞こえだす。
『離してってば…!』
{俺が慰めてやるって!}
もう止まらなかった。
止めれなかった。
「…俺の彼女に、何…してくれんてんの?」
{は?}
『っ!あきら…っ!』
俺の一声に、一斉に反応するふたり。
男が俺を見て呆然とする中、花梨は大きく目を見開いて俺の名前を呼んだ。
今にも泣き出しそうなその声に、胸がギュッと締め付けられる。
「…俺、痛いのは好きじゃないけど、痛め付けるのはすげー好きだよ?」
男に向かってにんまり笑い、花梨を掴んでいる腕を握るとじわじわと力を込めていく。
なめられちゃ困る。
俺だって男だし、大事な女を護る力ぐらい身に付けてある。
腕への痛みに青ざめた男は、小さく悲鳴を漏らすとあっけなく逃げ去った。
…予想以上に張り合いの無い奴だね。
逃がすのも癪だけど、あんな奴に構う暇なんてない。
はぁ、と溜め息を吐いたとき
『彰…ごめん。』
か細い声とともに、華奢な腕が背中から巻き付いてきた。
ギュッ、とすがるように俺に絡み付く腕は、小さく震えている。
それがまた、痛々しくて、切なくなった。
「…なんで花梨が謝るの?」
『あたしが…悪いから。』
その言葉に俺は巻き付いた腕を引き剥がすと後ろを向いて、しっかり花梨と目を合わす。
情けなく眉を垂らす花梨の瞳には、今にも溢れてしまいそうな涙が溜まって、長い睫毛を濡らしていた。