桜花散恋
びゅわっ
ふいに、強い風が吹いた。
風は、着物の裾や髪を煽りながら、葉月たちを通り抜け、進路を変えることなく前方にある椿の方へまっすぐ向かっていく。
冷たく強い風に目をつぶった葉月が、風に煽られた前髪を押さえながら、椿を見た。
すると…
ざわざわっ
「あっ!……」
「……」
風が椿に直撃して、椿の葉を大きく揺らした。
そして、大きく左右に揺れた枝から幾重にも重なった紅花が一つ一つ外れていく。
風に巻かれた数多の花弁たちは、踊るように舞い上がり空を駆けていった。
暫くして、その様子を見つめていた斎藤が静かに口を開く。
「―――……いものだ」
「―…えっ…?」
舞い上がる花弁の鮮やかさに見惚れていた葉月は斎藤が溢した言葉が聞き取れず、聞き返した。
首をかしげて、黒く澄んだ瞳で真っ直ぐ自分に問いかけてくる葉月に、斎藤は口の端にほんの少し微笑を浮かべて、もう一度言った。
「…儚いものだ、と言った」
「……」
何が、とも聞かなくても斎藤が何を指しているのかはわかった。
「どれだけ華を美しく咲かせようとも、華はいずれ散り、土に戻る」
「……」
「しかし、だからこそその瞬間のために己の全力を注ぎ、咲かせた華は美しくしいのかもしれないがな」
だから、儚いものだと――……
そう言いながら、目を細めて未だに空を舞い狂う花弁を見つめる斎藤を、なぜか葉月は切なく思った。