桜花散恋
黎明~夜明け前~
本格的に冬を迎えようとしている京。
夜も深い子の刻。
あまりに冷たすぎる風が一筋、人気の無い通りに吹いた。
ざく、ざく、ざく
その薄暗く、狭い道をたんたんと足音を響かせながら、一人の男が歩いていた。
男はまだ年若い容貌だった。顔かたちは整っていたが、ざんぎり頭に着流しという…この京では、いや、この時代の日本のどこでも見られないような格好をしていた。
腰には刀を差してはいたが、手には、提灯と三味線を持っており、その組み合わせはなんとも歪に見える。
―――…ふと、男が持っていた提灯の火が消えた。
「高杉晋作」
すると、真っ暗になった道に、男の名を呼ぶ鈴の鳴るような声がした。
男――…高杉は、さして驚いた様子もなく、立ち止まる。
「貴様、昼間から俺をつけていたやつか」
「気づいてたの?」
高杉の静かな声に、悪びれた様子でもない女が、高杉の前に踊り出た。
女の美しいぬばたまの黒髪が、冷えた夜風に遊ばれて闇に溶ける。
「私と、手を組まない?」