エリートな貴方との軌跡
後方から届いた声音はやけに冷たく響き、誰よりも聞かれたくなかった人の香りがした。
怖くて仕方ないから今すぐ抱きしめて貰いたいのに…、けれどその前に唇を洗浄したい。
汚らわしい部分をゴシゴシと拭っていた右手をパシリと、よく知る大きさで捉えられる。
「そんなことしなくて良いから…、真帆は綺麗だ」
「…ちがっ、わ、たし…」
多忙を極める理系部署ゆえ、異動したての頃はよく内外で“女だから”と詰られていた。
仕事に女も男も関係ない筈なのに…、そう言って最後を締め括られる度にひとり泣いて。
悔しさを募らせて反発心を持っていた私だけれど、ある日それこそが愚かだと気づいた。
相手の口車に乗って感情を見せれば、自分の弱さを露見して認めてしまっているのだと。
それからは職場で泣かないと決めたの――特に修平がアメリカへ行っていた、2年間は。
だからジョシュアにされた不意のキスも、…自分で解決することが出来ると思っていた。
生理的に込み上げて止まらない涙がそれはムリだと、自分に教えてくれる今この時まで。
「何言ってんの?たかがキスで、そんなに大問題?」
「やめて…!そんなっ、そんな言い方…っ」
鼻で笑ったジョシュアに金切り声を上げれば上げるほど、女の弱さを否定出来なくなる。
過去の恋愛の贖(しょく)罪は切り離せなくても。修平と出会ってからはすべてが尊い。
だからこそ、今こそ修平以外の他の男性とキスなど考えられない――これからもずっと。
「あんなキスより、俺とセックスして」
「ジョシュア――殴られたくなければ黙ってろ」
ここで反撃しても負け惜しみだと堪えた刹那――未だかつて聞いたことない、絶対零度の声の鋭さに震撼した。