エリートな貴方との軌跡
少し進んでみると広々としたキッチンが目に入り、あのドアは本当に裏口だったらしい。
キッチンではなく、厨房というのが正解だろう。スタイリッシュで清潔感に溢れていた。
お手伝いさんと思しき女性と2名のコックさんが、その場で忙しない動きを見せている。
邪魔にならないように、と遠慮気味に通り抜けようとすれば彼らの方が微笑んでくれた。
立ち止まってお礼を言いたかったものの、腕を掴まれている状況ではそれが出来なくて。
他のメンバーとハグすることも叶わず、“おめでとう!”の言葉にペコペコ会釈する私。
その度“ホント日本人は奥ゆかしいわ”と、此処でもリリィお得意のフレーズに苦笑い。
“それなら挨拶させて”と言って聞く2人ではない。直進するその速さがそれを物語る。
ピカピカに磨かれたフローリングを、コツコツとテンポ良い音で向かう先は何処だろう?
するとブラウンの扉を躊躇なく開く彼女たち。どうやらゲストルームのひとつのようだ。
その中へもつかつかと入って行くと、マホガニー色のドレッサーの椅子の前で止まった。
「はい座って」
「は、はぁ」
此処で何かを尋ねてみてもムダだという諦めも手伝って、彼女たちの指示に素直に従う。
するとリリィが傍らに置いてあったメイクボックスを開け、ツールを机上に広げていく。
「私、メイクしてるよ…?」
「でも仕上げが必要よ。私の姉ね、メイクアップアーティストだから任せて」
どうやら手抜きメイクは不具合があったようで、てきぱき動くリリィに閉口するばかり。
ジェンといえばその部屋のベッドへ腰を下ろして、ミラー越しに私たちを観察している。
何もつけていないパフでメイクを崩さないように押さえつつ、片手でアイブロウを持つ。
軽く描き足した程度のセルフメイクにプラスし、丁寧で繊細なタッチでペンシルが動く。