エリートな貴方との軌跡


いつもある上司と部下の柵がない僅かな瞬間を、お互い楽しむようにお酒と話に興じる。



さらに日本で味わえる会席料理のように、順を追って運ばれて来る料理はどれもが絶品。



どれを口にしても美味しくて、それこそ日本でお店を出しても凄く繁盛するに違いない。



もちろんこの店内もカップルや家族連れが目立つし、日本人の方も食事を楽しんでいた。



海外に慣れていても自国の料理が恋しくなるのは性。同じ気持ちだと伺い知れる光景だ。


「このお店、オーナーはアメリカ人かなぁ」


「いや。此処の店主は、京都の料亭で総料理長を務めていたらしいよ」


「え、そうなの!?」


ちょうど摩天楼を見れる特等席で食事をしているため、私たちは板さんの顔を窺えない。



だからたわ言に近い言葉を拾ってくれた修平へ視線を戻すと、くすくす笑われてしまう。



「なんでも自分の店を持ちたいと考えていた頃に、シカゴ在住の古くからの友人にこの店を始めるからって誘われたそうだよ?

もちろん英語は話せないけど、それでも異国で自分の腕が通用するのか為したくなったんだって。

そうして移住を決めてからは奥さんと2人で、毎日英会話スクールに必死で通ったみたいだよ。

結局は日本であまり習得出来ずにやって来たそうだけど。“それなりに会話できるレベルになった”って2年前は言ってたな…」


「えーすごいパワフル!」


海外赴任などの際、最も困るのは言語。そこで躊躇してしまう人は多いというから凄い。



「俺が居た頃はまだ、開店したばかりで客足も好調とはいえなかったらしいけど。

その時も俺がひとりで飲んでたところへ、板さんが酒とつまみを持ってやって来たんだよ。“日本人だよね?いつも来てくれるね”ってね。

色々とそんな経緯を教えて貰いながら、2人でこの摩天楼と板さんの料理をつまみに、閉店時間過ぎても語っていたんだけど。

“料理人に定年はなくてもチャレンジ精神を失った時が定年だ”って言葉は、プロ精神とチャレンジすることの大切さを学んだなー。

行き詰っても進めばどうにかなる、って板さんを見ていて痛感させられたからね」


「うん、…素敵な人だね」


大抵の職種には、いつか年齢によるゴールがある。板さんの言葉はまさにプロの発言だ。



< 275 / 278 >

この作品をシェア

pagetop