黒い同居人
「あの…これどういうこと?」

苛立ちを押さえながらのぞみが問う。

「ええっと…その…言われた通りにしようとしてるんですけどぉ……スミマセン…宮本さんの説明、難しくって…。」

「そんなに混乱させる程、難しいこと言ったつもりじゃなかったんだけどなぁ…。」

ハァ。と短くため息をつくと、

「内田さん、さっき説明したこと、メモ取った?」

と、できる限り苛立ちを押さえて問いかけた。

「メ、メモですか?…あっ!スミマセン…難しくってメモ取れなかったんです…。」

まただ。

心の中で呟く。


このスタッフ―――内田美寿々は何かにつけて¨難しくて¨と理由をつけて指示をしたことをメモに取らない。


はじめはのぞみも¨自分の説明の仕方が良くないのだ¨と、あれこれ考えてわかりやすく説明をしてきた。

その度¨メモを取って¨と教えてきていたのにも関わらず、相変わらずそれができない。


いい加減、同じことを言っていることに気付いて欲しかった。


「また¨難しくて¨?…内田さん。それは何度も聞いたんだけど…¨難しくて取れなかった¨んじゃなくて、¨はじめから取る気がない¨んでしょ?」

「そっ、そんなこ「いい加減言い訳は辞めて!仕事何だと思ってんの!?」


ハッ、と気付いた時にはもう遅かった。

のぞみの顔面は¨茹であがったひょっとこ¨、隣に立っていた美寿々は顔を涙で歪ませながら縮こまっていた。




仕事中、のぞみの怒りに触れてビビるスタッフは見たことがあるが、泣き出すスタッフは初めてだった。



慌ててフォローを入れるが、美寿々はただ「スミマセン…スミマセン…私、仕事、向いてない…です…」
と涙ながらに謝るばかりで泣き止まない。


店内の他のスタッフも、客も¨何事か¨と訝しげな視線を向けてくる。



困り果てたのぞみは美寿々とスタッフルームに引っ込み、ひたすら慰め続けた。


―――結局美寿々とは気まずい空気のまま、その日の仕事を終えて今に至る。

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