Engagement Ring―かすみ草―×―ひまわり―



時刻はまだ夜中で。


兄貴がレイコさんに家に帰るように言って、レイコさんは家へと帰っていった。


『あの、兄貴』


残った室内で、椅子に座って寛ぐ兄貴に話し掛ける。


『何?』


『俺、どんな人だった?』

何も覚えていない俺は、自分がどんな事をしていたのかも分からない。


どんな人間だったのか、どんな生活を送っていたのか、とか。


兄貴らしいけど、今の俺にとっては他人同然。


この沈黙も少し気まずかった。



とにかく思い出そうと、兄貴に何か聞けば思い出せるだろうと聞いてみると、


『人から聞いた記憶じゃなくて自分で思い出す事が大切なんだと。そのうちいろいろ思い出せるようになるだろうから、焦るな』


そう言われて、それ以上聞けなくなってしまった。


『でも……』


忘れてしまった事を早く思い出したいと思うだろ?


聞くに聞けなくなって必死に思い出そうと目を閉じて記憶を探す。

でも、頭の中にあるのは“無”。

いくら頑張っても、出てこず苛つくだけ。






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